クロウ/飛翔伝説

生きている間に、この映画をもう一度
しかも4Kリマスター版で観れるとは思わなかった。
ケーブルで放送があったのは、ピエロつながりで
「IT」との連動企画とか、まさかね。

クロウ/飛翔伝説(1994)

監督 アレックス・プロヤス
出演 ブランドン・リー アーニー・ハドソン

最初に観た時に「あっ、これは好きな映画」と思った。
監督がどうとか、ストーリーがどうとかいう以前に
映画の漂わせている雰囲気全部が好き、そういうタイプの映画。
原作のこととか何も知らずに
初めて「ブレードランナー」を観た時の印象に近い。

舞台は、荒廃したデトロイト・シティ
悪魔の夜と呼ばれる、ハロウィン前夜。
結婚式を翌日に控えた、エリックとシェリーは
部屋に乱入してきた四人のならず者たちに惨殺された。
一年後、カラスの魔力によって、エリックは墓場から蘇る。

アメコミ原作なので、ストーリーはわりとチープな感じ。
復活したエリックが、白塗りにピエロのメイクで
自分たちを殺した人間たちに復讐する。
エリックは、不死身ではあるが、決して
スーパーヒーローではなく、超人的な能力とかは
ないので、格闘シーンなんかはかなりヨロヨロ。
カラスが加勢してくれて、何とかなっている感じ。
にもかかわらず、この映画が私にとって、なぜそれほど
魅力的なのか。

一言でいえば、とにかく暗いのだ。
デトロイトの、ディストピアぽい雰囲気に加え
ほとんどが夜のシーンか、雨のシーン。
音楽は、全編ハードロック。
ゴシックホラーというと、ドラキュラみたいな
時代がかったイメージが強いのだけど
この「クロウ/飛翔伝説」は、かなり斬新なゴシックホラー。
そして、この陰惨さがたまらない。くせになる。


エリックを演じた、ブルース・リーの息子
ブランドン・リーの存在感はハンパないが
この映画の撮影中に、不慮の事故で死亡という
あまり例のない、いわくつきの映画でもある。

リブート版製作の情報もあるけれど
私はなんだか「クロウ/飛翔伝説」は
ブランドン・リーの遺作だけを唯一無二のものとして
封印しておいたほうがいいような気がするのですが。
あっ、いや、決して、呪われるとか思ってるわけではないですが。
スポンサーサイト

アイデンティティー

wowowの番組表の「驚愕の展開どんでん返し映画」という
うたい文句につられた。美容とか、ファッションとか
健康関係の宣伝にひっかかることは、まずないが
映画とかドラマとか本だと、見事にひっかかる。

「アイデンティティー」(2003)
 監督 ジェームズ・マンゴールド
 出演 ジョン・キューザック レイ・エリオッタ

豪雨のせいで、さびれたモーテルに泊まることを、余儀なく
された10人の男女。交通事故で重傷を負った女性と、その
夫と息子。事故を起こした車に乗っていた女優と、もと刑事の
運転手(ジョン・キューザック)結婚したばかりのカップルと
娼婦。そして凶悪犯と、彼を護送している刑事(レイ・エリオッタ)
しかし女優が残虐に殺されたのを手始めに、正体の分からない
殺人鬼によって、ひとり、また一人と殺されていく。

私は単細胞だから「な~んだ。定番のパニックホラーじゃん。
これなら楽勝」と思った。しかも、人がザクザク殺されていく。
あっという間に半分くらいになって、死体を冷凍庫に隠してた
なんていう、いかにも怪しいモーテルの管理人なんかもいて
「この中で、一番怪しくなさそうな人が犯人だな」と考えたのだが。
モーテルの管理人が犯人だと「サイコ」のパクリみたいだから
それはないだろうなどという、極めて安易な消去法。

しかし、この映画、実は寄って立つ世界そのものが異質だった。
こういう、現実を錯覚させるようなストーリーは、確かに映像の
ほうが向いている。この結末は、好き嫌いが分かれそうだけど
私は「やられたっ」って感じで、気持ちよくだまされたので
思いもよらない掘り出し物だった。

小説でも時々、まったく想定外の結末を描いたものに出会うこと
があるけれど、言葉を重ねて、こういうタイプのどんでんを
仕掛けようとすると、すごく複雑な伏線を張らなければいけなか
ったり、結末ありきでストーリーが不自然になったりするので
やっぱり映像のほうが向いているように思える。

この数年、海外のドラマを観ることが増えて、映画を観ていても
「この人どっかでみたことある」というのが多くなりました。
「アイデンティティー」では、連続殺人犯を演じたプルイット・
テイラー・ヴィンス。「メンタリスト」のラローシュ捜査官でした。
最近では、糖尿病が心配な体型になっちゃってますが
かなり俳優歴が長い、個性的な俳優さんです。


猿の惑星 聖戦記

これはもう、映画館で観るしかない映画だった。

「猿の惑星 聖戦記」

監督 マット・リーブス
出演 アンディ・サーキス ウディ・ハレルソン

「創世記」「新世紀」とハマりにハマった「猿の惑星」新シリーズ。
優れた知能を持ち、言葉を話せるシーザーの成長物語も
これで最終章。すわ人類VS猿類、最終決戦かと思いきや
前二作が、わりとシンプルな構成だったのに比べると
「聖戦記」は、格段に重層的な性格を備えた物語になっている。

「新世紀」から2年後、シーザー(アンディ・サーキス)率いる
猿たちの集団は、山の奥深くに築いた砦で暮らしていたが、
そこを兵士たちに見つかってしまう。シーザー殺害を企てた
マカロック大佐(ウディ・ハレルソン)は、シーザーの住み家を
急襲。妻と、長男のブルー・アイズを殺害した。
怒りに燃えたシーザーは、仲間を安全な土地へ逃がし、自らは
単身、大佐を追って、復讐の旅に出る。

これまで、猿たちのリーダーとして、仲間たちの自由と幸福
のために戦ってきたシーザーの戦いは、今回は私怨。
妻子を殺された悲しみと憎しみだけで、無謀な行動を重ねる
シーザーに、親友のモーリスが言う。
「シーザーは、人間への復讐にとらわれたコバと同じだ」

ここまできたら、もはや猿の世界のお話ではない。
前回のコバとシーザーの戦い以降、人間の側についた猿たちが
いて、さらに人間サイドも、対立する二つの集団がある。
そして、リーダーとしての自覚も、大義もなく、暴走するシーザー。

怒りや憎しみが生むのは、終わりのない戦いの連鎖。「聖戦記」の
舞台は、あまり陽のささない深い森、そして雪山。前二作に比べて
全体のトーンはとても暗い。そんな中、未来へのかすかな希望を
感じさせるのが、言葉はしゃべれないけれども、人間とか猿とかの
種族の差異の感覚がない少女ノバ、そして動物園で、人間の言葉
を覚えた、新種とも言えるチンパンジーのバッド・エイプ。
リーダーとしての使命感を取り戻したシーザーは、捕らえられた仲
間を救出し、新天地へ誘った後力尽きる。

私は、1960年代に作られた「猿の惑星」から始まった過去の
シリーズはほとんど見ていないので、新シリーズは独立した物語
として観ましたが、今回のシーザーは、もはや人間にしか見えず
猿VS人間という異種の物語の形をとってはいますが、実は
同一の種でありながら、わずかな差異で際限なく争い続け
戦い続け、そこに解決の手段を見出そうとしない人類は
やがて滅亡への道を歩むほかはないという
この世界のメタファーという意味合いが、よりくっきりと
したものになっているように感じてなりませんでした。

淵に立つ

これも多分「観る人を選ぶ」なんて言われそうな
映画になるのかもしれませんが。

「淵に立つ」(2016)

監督 深田晃司
出演 古館寛治 筒井真理子 浅野忠信

鈴岡利雄(古館寛治)は小さな金属の加工工場を
営んでいる。家族は妻の章江(筒井真理子)と娘の蛍。
ある日、利雄の古い友人で、殺人で服役し出所してきた
八坂(浅野忠信)が利雄の工場を訪れ、住み込みで
働くことになる。

いやあ、こんなに肝心のところを何も説明してない映画も
珍しい。だから観る側の受け取り方で、かなり解釈が
違ってくるんじゃないかと思う。

利雄の家庭に八坂が入り込んだことで、一見平穏に
暮らしていた家族、特に妻の章江の気持ちが激変し
それが、大きな悲劇を生む要因にもなった。

八坂は、この映画の中では、表の顔と裏の顔を使い分ける
わりと分かりやすい悪のように描かれているが
実際には、娘の蛍の怪我が、八坂のせいだったのか
というところも明らかにされてはいない。

だから視点を変えてみると
過去に八坂の犯罪に関わっていながら
そのことをまったく章江に話しておらず
八坂を雇い入れることについても
一言も説明しない利雄はどうなのか。
信仰を持っているはずなのに、なし崩しに
八坂に、女として魅かれてしまった章江はどうなのか。
この映画の中で、誰が一番悪いと思うかと聞かれたら
正直答えに詰まってしまう。

冒頭の三人の食事シーンで
利雄は、妻と娘の会話にも行動にも関心がなく
妻と娘は、二人の世界で会話しているのだけど
こういう家族は普通にありそう。
家庭という入れ物はあっても、お互いに共感はなく
ひとりひとりは、孤独で不安定。
だから八坂という異物が入ってきたことで崩壊した。

娘の蛍が重い障害を負ったことで
利雄と章江は、夫婦の形を取り戻し
献身的に蛍の世話をする父と母になるのだが
家族の前に、八坂の息子と名乗る青年が現れたことで
悲劇は再び繰り返される。

もしも、八坂と利雄の過去が全て明らかにされていたら
八坂が蛍に直接危害を加えたという設定だったら
この映画は、かなり違う展開になっただろう。
そもそも、人間って、そんなに単純な感情で動くもの
なのだろうか。実は、一つ屋根の下で暮らしていても
分からない、もしかしたら、自分自身でも理解不能な
様々な感情に揺さぶられながら、日々を生きているん
じゃないのか。

ただ私が最後まで、その気持ちが理解できなかったのが
章江が見る、八坂の幻影の意味。
あれは恐怖なのか、それとも…。
こんな具合で、全部観る側に丸投げされているのに
しっかりと芯が通っている感じが心地よかったです。
改めて「ああ、これは理解できる」と思える映画と
誰が観ても「分かりやすい」映画というのは
明らかに別物なんだなぁと思いました。

偉そうなこと言ってますが、現在「ツインピークスThe return」に
大苦戦中。わ、わからん(泣)

セッション

少し前に録画したのだけど
「ジャズ」の映画というのが何か敷居が高くて
保留していたのを、涼しくなってきたので観た。
で、出てきたスキンヘッドのおじさんに見覚えがあると思ったら
いつも観ている「クローザー」のポープ本部長!

「セッション」(2014)

監督 デイミアン・チャゼル
出演 マイルズ・テラー J・Kシモンズ

ニーマン(マイルズ・テラー)は、一流のジャズドラマーを夢見て
名門のシェイファー音楽院に通っていた。ある時、フレッチャー
(J・Kシモンズ)というカリスマ教授の目に止まり、彼のバンドに
スカウトされたが…

フレッチャー教授の指導のもと、ニーマンたちが練習しているのは
ビッグバンドと言われる、楽団で演奏するスタイル。フレッチャーは
テンポやスピードに異常なほどこだわり、メンバーは楽譜を完璧に
暗譜し、音程もテンポもわずかな狂いも許されない。

なんだか、ジャズの話というより、漫画の「のだめカンタービレ」の
変なマエストロが出てくるクラシックの世界に似ている。
下品な差別用語の嵐や体罰、暴言、とても教育者と言えないような
ほぼ性格破綻者で偏執狂のフレッチャーだが、ニーマンは
どれだけ虐められても、フレッチャーに食らいついていく。

けれど意外に、この二人似た者同志なのかと感じたのは
ニーマンが、自分から好きだと告白した女性に「ドラムを
叩く時間がなくなるから」と、これまた一方的に別れを切り出した時。
屈折した劣等感の反動としての、異常なくらいの上昇志向や
相手の気持ちを全然考えない自己中心的な言動が
微妙にフレッチャー教授とかぶるのだ。

しかしニーマンは、所詮怪物フレッチャーの敵ではない。
彼の夢は叩き潰され、とうとうニーマンはドラムを諦める。
ところがフレッチャーは、そんなニーマンにさらに追い打ちをかける。
なにしろ、過去の生徒の中には、うつ病で自殺した人がいるほど
フレッチャーの攻撃は、徹底的に陰湿で容赦がない。

そんな二人の関係性が、画期的に変化する最後の演奏シーン。
ニーマンは、フレッチャーの指示を完全に無視して
自分で選んだ曲を、自分の思い通りに演奏する。
これは「和解」でも「勝利」でもなく「訣別」なのだと思う。

長い間、フレッチャーという存在に、良くも悪くも支配されてきた
ニーマンが、その呪縛から自分を解放し
自分のドラム、自分の音楽をつかみ取った瞬間でもあった。

何が正解なのかは分からない。指導者に従順に従うことが、上達し
一流になるための道なのかもしれない。指導する側は、それが
正しいと確信しているのかもしれない。
教師と生徒、指導者と弟子、あるいは、夫と妻や親と子などで
フレッチャーとニーマンのような関係は、あんがいありそうだ。

そこから自由になるためには、もの凄いエネルギーが必要で
ニーマンみたいに満身創痍になるかもしれないが、それでも不可能
ではないと感じられたことで、私には「ああ、いい映画だなぁ」
と思えた一本でした。
でもシンプルな映画なのに、切り口が多いので
感想を書くのは、すごく難しかったです。
プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
amazon
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
478位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
224位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア