赤い羊は肉を喰う

著者の五條瑛さんは、防衛庁で情報・調査関連の仕事を
されていたという異色の経歴の作家さん。

東京の、下町の空気と人情が残る八丁堀。
内田偲は、社長の内田(同姓だが他人)を入れて
わずか3人という小さなリサーチ会社の計数屋。

偲は、ひったくりにあった老人を助けた笙という浪人生と
笙の幼なじみの理香子と知り合うが、理香子が、何者かに
殺されてしまう。

過激なプロモーションを展開する「kohaku!!」というアパレルの
ブランドと、それを率いる渡辺エスターという男。

渡辺は、かつてナチズムにも通ずる、大衆心理の操作という
テーマを追求したワタナベ・グループなる天才集団の一人。
彼は、人間の悪意を操作することで、大衆を煽動できる
ことを実証しようとし、その計画に気づいた偲たちは
それを阻止しようとする。

ささやかな日常を大切にし、隣人たちと助け合い、真っ当に
生きようとする人たち、偲や笙や、桐細工の店の女将や
若旦那などのキャラクターがすごく丁寧に描かれている。
彼らが、大衆をコントロールしようとする渡辺たちと対峙する
ことで、その危うさや異常さがより際立ってくる。

結果的に偲たちは、渡辺の企みを阻止することはできなかった。
日比谷バベルという大型ショッピングセンターのオープニング・
セレモニーで起きた、些細なアクシデントをきっかけに
詰めかけた聴衆が店に乱入して、商品を略奪し始め
飾られていたガラス器やスツールが倒壊して
降り注ぐガラスの雨が、人々の血で染まる。
水晶の夜の再現ともいえるこの光景は、凄惨だが美しい。

この小説は、殺人事件の犯人云々が主眼ではなく
とても丁寧に張り巡らされた伏線と
天才集団VS無名の市井の人々という魅力的なキャラクターたちが
混然一体となって、ドラマチックなラストを迎えるという
ミステリーとしては異色だが面白い話だった。

実は、高村薫さんも、五條瑛さんも、ある意味BLちゃあBLで
その方面の熱烈なファンの方もいます。私は、特にBL要素に
注目して読んでるわけではないのですが、高村さんにしろ、
五條さんにしろ、ものすごく壮大な仕掛けで、そういう人間模様
を描くことができるのが、何気にすごいなと思います。

この本は、私のお気に入りの一冊なので、HNはここから
お借りしました。
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読書で離婚を考えた。

SF作家の円城塔さんとホラー作家の田辺青蛙さん。
それぞれ違うジャンルで執筆されているご夫婦が
相手に読んでほしい本を勧めあい、その本のレビューを書く
という、ネットで連載されていた企画の書籍化。

円城さんは北海道出身で
大学で物理学を専攻された理系の人。
一方田辺さんは、文系一筋というよりも
産業翻訳などのお仕事と執筆業を両立されている
キャリアウーマン系行動派の大阪人(?)

自分で本を選ぶと、自分の好みのジャンルのものばかり
選んでしまうので「何か面白い本ないかなあ」
というのもあって、この本を読んでみた。

さすがに、お二人ともかなりの読書家なので
結構マニアックな選択ではあるが
相手の苦手分野の本を選んでいるという自覚からか
マニアック過ぎるということはなかった。

幸田文とか又吉栄喜とか、池波正太郎とか
吉屋信子など「へぇ~」というのも混じっていた。
それでも私が読んだことがあるのは
「バトル・ロアイアル」だけだったけど。

この企画にはもう一つの目的があって
読書を通じて、夫婦の相互理解を進めようというもの。
相方が、本当はどんな人間なのか、何を考えているのか
分かっているようで、ほとんど分からないというのは
世の多くの夫婦も似たようなものなのではないか。

で、この試みをやったことで
円城さんご夫婦の相互理解が画期的に進んだかというと
結果は、本のタイトルが示す通り(笑)
お互いに、相手がますます分からなくなったというか
分かるような分からないような、というのは
この本を読んだ私の感想でもあります。

けれど、お互いに本を勧めあうことができる
その本について、まともな感想が返ってくる
このことだけ見ても、
大枠で言えば、世の大多数の夫婦よりは
ずっと近い距離にいて、実は読者は
ご夫婦のおのろけにつきあわされた感がないでもありません。

そして、紹介された40冊あまりの本の中で
これ読んでみたいと思ったのは「20世紀の幽霊たち」
なんと、作者のジョー・ヒルは
あのスティーブン・キングの息子さんらしい。
結局、自分の読書の幅を広げるという結果には
ならなかった気がします。


ホラー大全

珍しく図書館へ行って、目についたので借りてきた。
「ホラー大全」
クライヴ・バーカーと、スティーヴン・ジョーンズの共著

クライヴ・バーカーは「血の本」シリーズなどの小説家であり
「ヘル・レイザー」シリーズなどの映画の監督さんでもある。

この本は、ホラーの歴史や分析をする解説書ではない。
「A:アメリカン・サイコのA」「C:カオスのC」
「N:ナイトメア(悪夢)のN」というように、ホラーを構成している
魅力的な要素をAからZに分類して、作者の私見を述べた
とてもユニークなホラー論だった。

映画だけではなく、対象はポーやラヴクラフトの文学、演劇
絵画と幅広いが、やはり半分以上が映画のお話。
ホラー映画の、ターニングポイントになった作品というのは
「サイコ」「エクソシスト」そしてトビー・フーバー監督の
「悪魔のいけにえ」という話は、心から納得。

欧米では、宗教的な背景もあって、悪魔とか、悪霊とか
吸血鬼のように、邪悪で強大な力を持つ存在に襲われ
それと闘うという話が、ホラーの大きな流れとしてあった。

しかし「1957年の冬、ブレインフィールドという、アメリカの
どこにでもあるような小さな農村で起きた、エド・ゲイン事件は
アメリカ人の恐怖に対する概念を根底から変えた」のだ。

このエド・ゲイン事件をもとに、ロバート・ブロックが「サイコ」を
書き、それを原作とする映画「サイコ」が作られた。
ここから、たくさんのホラー映画が派生して、作られていく。

前書きには「ほとんどのホラーは、人間という存在における混沌
(カオス)の噴出を扱っている」とある。
この世界がどれほど、平和で、安定して、満ち足りているもので
人間は、善意にあふれた美しい存在のはずだだと力説されても
私自身は、そんな幸せな現実や人生の中で生きてはいないから
むしろ、醜悪で、ぐちゃぐちゃぞわぞわで、おぞましくて
怖いものを見ているほうが、なぜか安らいだ気持ちになれるのです。
つまり私の頭の中は、未だにカオスそのものということなのでしょう。

不発弾

「震える牛」「ガラパゴス」が面白かったので
発売を待ちわびていた相場英雄さんの新作。

相場英雄さんは、時事通信社の記者から作家に転身。
記者時代は、相当自主規制して記事を書いていたが
フィクションの世界だったら、何でも書けるというスタンスで
食品や流通、自動車業界などの裏側に迫った。

で、新作の「不発弾」
このところ度々ニュースになる、東芝の「不適切会計」問題と
連動する。正直、私のような低所得層の庶民が
経済関係のニュースを読んでも、よく分からない。
報道されている範囲でも分からないくらいだから
その深層に、なにがあるかなんて、分かるはずがないんだけど。

警視庁捜査二課の警視小堀は、老舗電機企業
三田電機の「不適切会計」に疑問を持つ。
内々に調査を進めた小堀は、三田電機の上層部と
深いつながりを持つ古賀良樹(遼)という男の存在を知る。

大牟田出身で、幼い頃に父親を炭鉱事故で失くした
古賀良樹は、底辺の暮らしから抜け出すために、証券
会社に就職。証券取引所の場立ちから、営業マンへ、
上司に認められて実績を重ね、金融コンサルタントとして
独立する過程で、三田電機とのつながりを深めていく。

バブル期に本業そっちのけで、財テクに奔走した企業や
地方銀行、信金や年金基金は、大蔵省の方針転換で
大きな損失を抱えることになる。損失の隠蔽、飛ばし。
その陰で暗躍する外資系の証券会社。

作者は「これはあくまでもフィクション」と宣言しているから
この小説の、何が真実で、何がフィクションかを考えるのは
読者に委ねられている。

東芝問題はともかくとして、実体経済とは次元の違う
株や証券などの金融経済の凄さと恐ろしさが
ざっくりとではあるが分かりました。
いや、分かったからといって、何がどうなるわけでもない
んですが、金融経済の大きな変動は
巡り巡って、私たちの生活を揺さぶることも
ありますから、メディアとかネットの情報だけ見て
信用していたら、足元すくわれるかも。

「不発弾」は、誰が犯人かを追及する犯罪小説ではなく
それぞれの時代に、それぞれの場所で生きた
人間たちの群像劇でもあります。誰が悪いのか
何が悪いのかを考える以上に、この社会には
個人の力ではどうしようもないものが
うんざりするくらい、たくさんあるなと思いました。

pink

先月福岡で開催された、岡崎京子の
「戦場のガールズライフ」という原画展を観た。

岡崎京子という漫画家を知ったのは
関川夏生さんが、平成11年に「リバーズエッジ」について
書かれた新聞記事を読んだからで、岡崎さんは交通事故で
重傷を負い、長期の療養に入られていた。

「リバーズエッジ」が面白かったので
その後岡崎京子の本を見つけると次々に読んだ。
その岡崎さんのたくさんの漫画の中で
「これ!この感じ!」と思ったのが「pink」

ユミは、昼間はOL,夜はホテトル嬢をしながら
部屋でワニを飼っている。掛け持ちで働くのは
ワニの餌代がかかるから。そんなユミちゃんは
ピンク色のものが大好きだ。

「pink」の何がそんなにツボだったかと言うと
岡崎京子の漫画に共通する
リアルと虚構のコンビネーション
その混ざり具合が絶妙だったのだ。

岡崎京子の漫画は「都会の若者たちの閉そく感」
と要約されるような、若者の孤独や焦燥や絶望
あるいは性といったリアルの部分が取り上げられることが
多いが、そのリアルなドラマの背景
あるいはドラマ自体にも、とてもユニークな虚構が
ちりばめられていて(「リバーズエッジ」の白骨死体とか
「pink」のワニとか「ヘルタースケルター」の全身整形美女
とか)そのおよそリアルとは思えない虚構が
リアルの部分を際立たせている。

この魅力的な虚構を生み出したベースにあるのは
作者が愛した、多くの映画や小説、絵画や音楽
なのだろう。今回の個展で、あの有名な「平坦な
戦場で僕らが生き延びること」が、SF作家ウイリアム・
ギブスンの詩だと知って、もう「参りました」って感じ
だった。私がSF映画や小説にはまりだしたのは、つい
最近のことで、ギブズンの名前を知って、まだ2年にも
ならない。なんか無駄に年を取ったなと思う。

もっと若い頃に出会いたかったと思うものが
今になって出てくる。もちろん、生きていれば
自分が面白いと思うものには出会えるものだけど
もうこれで十分だと言うには
人間の一生は、案外短いのかもしれません。
プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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