ホラー大全

珍しく図書館へ行って、目についたので借りてきた。
「ホラー大全」
クライヴ・バーカーと、スティーヴン・ジョーンズの共著

クライヴ・バーカーは「血の本」シリーズなどの小説家であり
「ヘル・レイザー」シリーズなどの映画の監督さんでもある。

この本は、ホラーの歴史や分析をする解説書ではない。
「A:アメリカン・サイコのA」「C:カオスのC」
「N:ナイトメア(悪夢)のN」というように、ホラーを構成している
魅力的な要素をAからZに分類して、作者の私見を述べた
とてもユニークなホラー論だった。

映画だけではなく、対象はポーやラヴクラフトの文学、演劇
絵画と幅広いが、やはり半分以上が映画のお話。
ホラー映画の、ターニングポイントになった作品というのは
「サイコ」「エクソシスト」そしてトビー・フーバー監督の
「悪魔のいけにえ」という話は、心から納得。

欧米では、宗教的な背景もあって、悪魔とか、悪霊とか
吸血鬼のように、邪悪で強大な力を持つ存在に襲われ
それと闘うという話が、ホラーの大きな流れとしてあった。

しかし「1957年の冬、ブレインフィールドという、アメリカの
どこにでもあるような小さな農村で起きた、エド・ゲイン事件は
アメリカ人の恐怖に対する概念を根底から変えた」のだ。

このエド・ゲイン事件をもとに、ロバート・ブロックが「サイコ」を
書き、それを原作とする映画「サイコ」が作られた。
ここから、たくさんのホラー映画が派生して、作られていく。

前書きには「ほとんどのホラーは、人間という存在における混沌
(カオス)の噴出を扱っている」とある。
この世界がどれほど、平和で、安定して、満ち足りているもので
人間は、善意にあふれた美しい存在のはずだだと力説されても
私自身は、そんな幸せな現実や人生の中で生きてはいないから
むしろ、醜悪で、ぐちゃぐちゃぞわぞわで、おぞましくて
怖いものを見ているほうが、なぜか安らいだ気持ちになれるのです。
つまり私の頭の中は、未だにカオスそのものということなのでしょう。
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不発弾

「震える牛」「ガラパゴス」が面白かったので
発売を待ちわびていた相場英雄さんの新作。

相場英雄さんは、時事通信社の記者から作家に転身。
記者時代は、相当自主規制して記事を書いていたが
フィクションの世界だったら、何でも書けるというスタンスで
食品や流通、自動車業界などの裏側に迫った。

で、新作の「不発弾」
このところ度々ニュースになる、東芝の「不適切会計」問題と
連動する。正直、私のような低所得層の庶民が
経済関係のニュースを読んでも、よく分からない。
報道されている範囲でも分からないくらいだから
その深層に、なにがあるかなんて、分かるはずがないんだけど。

警視庁捜査二課の警視小堀は、老舗電機企業
三田電機の「不適切会計」に疑問を持つ。
内々に調査を進めた小堀は、三田電機の上層部と
深いつながりを持つ古賀良樹(遼)という男の存在を知る。

大牟田出身で、幼い頃に父親を炭鉱事故で失くした
古賀良樹は、底辺の暮らしから抜け出すために、証券
会社に就職。証券取引所の場立ちから、営業マンへ、
上司に認められて実績を重ね、金融コンサルタントとして
独立する過程で、三田電機とのつながりを深めていく。

バブル期に本業そっちのけで、財テクに奔走した企業や
地方銀行、信金や年金基金は、大蔵省の方針転換で
大きな損失を抱えることになる。損失の隠蔽、飛ばし。
その陰で暗躍する外資系の証券会社。

作者は「これはあくまでもフィクション」と宣言しているから
この小説の、何が真実で、何がフィクションかを考えるのは
読者に委ねられている。

東芝問題はともかくとして、実体経済とは次元の違う
株や証券などの金融経済の凄さと恐ろしさが
ざっくりとではあるが分かりました。
いや、分かったからといって、何がどうなるわけでもない
んですが、金融経済の大きな変動は
巡り巡って、私たちの生活を揺さぶることも
ありますから、メディアとかネットの情報だけ見て
信用していたら、足元すくわれるかも。

「不発弾」は、誰が犯人かを追及する犯罪小説ではなく
それぞれの時代に、それぞれの場所で生きた
人間たちの群像劇でもあります。誰が悪いのか
何が悪いのかを考える以上に、この社会には
個人の力ではどうしようもないものが
うんざりするくらい、たくさんあるなと思いました。

pink

先月福岡で開催された、岡崎京子の
「戦場のガールズライフ」という原画展を観た。

岡崎京子という漫画家を知ったのは
関川夏生さんが、平成11年に「リバーズエッジ」について
書かれた新聞記事を読んだからで、岡崎さんは交通事故で
重傷を負い、長期の療養に入られていた。

「リバーズエッジ」が面白かったので
その後岡崎京子の本を見つけると次々に読んだ。
その岡崎さんのたくさんの漫画の中で
「これ!この感じ!」と思ったのが「pink」

ユミは、昼間はOL,夜はホテトル嬢をしながら
部屋でワニを飼っている。掛け持ちで働くのは
ワニの餌代がかかるから。そんなユミちゃんは
ピンク色のものが大好きだ。

「pink」の何がそんなにツボだったかと言うと
岡崎京子の漫画に共通する
リアルと虚構のコンビネーション
その混ざり具合が絶妙だったのだ。

岡崎京子の漫画は「都会の若者たちの閉そく感」
と要約されるような、若者の孤独や焦燥や絶望
あるいは性といったリアルの部分が取り上げられることが
多いが、そのリアルなドラマの背景
あるいはドラマ自体にも、とてもユニークな虚構が
ちりばめられていて(「リバーズエッジ」の白骨死体とか
「pink」のワニとか「ヘルタースケルター」の全身整形美女
とか)そのおよそリアルとは思えない虚構が
リアルの部分を際立たせている。

この魅力的な虚構を生み出したベースにあるのは
作者が愛した、多くの映画や小説、絵画や音楽
なのだろう。今回の個展で、あの有名な「平坦な
戦場で僕らが生き延びること」が、SF作家ウイリアム・
ギブスンの詩だと知って、もう「参りました」って感じ
だった。私がSF映画や小説にはまりだしたのは、つい
最近のことで、ギブズンの名前を知って、まだ2年にも
ならない。なんか無駄に年を取ったなと思う。

もっと若い頃に出会いたかったと思うものが
今になって出てくる。もちろん、生きていれば
自分が面白いと思うものには出会えるものだけど
もうこれで十分だと言うには
人間の一生は、案外短いのかもしれません。

エアー2.0

エアー2・0 榎本憲男 著

社会派ミステリーとかサスペンスとか
そのへんが一番好きなジャンルなので
色々検索しているうちにたまたま行き当たった一冊。
しかし、ものすごく面白かった。

2020年、東京オリンピック開催直前。完成間近の新国立
競技場で、日雇いの建設作業員として働く中谷は、およそ
肉体労働には不向きな、奇妙なおっさんと知り合う。その
おっさんはクビになる直前に、大穴馬券を中谷に託した。
その直後、建設現場で爆発や爆破予告が相次ぐ。

冒頭を読んで、シリアスなテロ関連の小説かと思いきや
ここから話は、想定外な方向にどんどん膨らんでいく。

おっさんは、配当金を届けにきた中谷と手を組んで
自ら開発した、完璧な市場予測システム「エアー」を
政府に提供するのと引き換えに、福島の帰還困難区域
を経済自治区として運営する権利を手中にする。

とまあ、見方によっては壮大な与太話ともファンタジーとも
言えなくはないお話なのだが「資本主義をもう一度まともに
やり直そう」とする、謎の老人の正体は?そして、原発事故
で不可逆の被害を受けた土地で始まった、理想的な未来社会
の実現の可能性は?とグイグイと引っ張ってくれるので、まさに
一気読みという感じだった。

財力だけですべての勝ち負けが決まってしまう社会は
たくさんの人たちが、学ぶ意味、働く意味、ひいては生きる
意味さえも見失ってしまう。それはおかしいんだ、間違ってる
と主張する話はあるが、それじゃあこうすればいいよという
ところまで、一気に見せてくれるというような小説はあんまりない。

もちろん、その理想を実現するには、莫大な資金が必要とか
エアーを動かすために、原発一基分の電力が必要など
というような、大きな自己矛盾を含んではいるが、それでも
読み終えた後に「何とかなるんじゃないか。可能性はある
んじゃないか」と思える爽快な読後感があった。
それはたぶん、今あるものを変えようとするのではなくて
ゼロから、まったく新しいものを作り出すこと。どうすれば、
というのは、私のお粗末な頭脳では分からないんだけで。

著者の榎本さんは、シナリオライター、映画のプロデューサー、
映画監督と、多角的なお仕事をされているようで、小説作品が
少ないことが何とも残念です。もっと、もっと売れてほしい!
そしたら、次の作品が読めるかも。


マークスの山

映画と同様、小説も恋愛物は数えるほどしか
読んでないが、これはその中の一冊。

高村薫さんの「マークスの山」

「これ、恋愛物か?」と突っ込まれそうだが
私としては恋愛オールマイベストの上位にある。

南アルプスの夜叉神峠で、排ガス心中をした夫婦の
子どもが保護される。その少年水沢裕之は、事故の
後遺症で精神に障害をきたし、病院や刑務所への
出入りを繰り返した後、連続殺人を起こす。
そして、犯人を追うのは、お馴染みの合田雄一郎。

裕之の意識は、三年周期で、明るい山と暗い山
にあり、明るい山の時期が来ると別人格になる自分を
彼は「マークス」と名付けた。

犯罪小説だが、捜査の過程と、水沢(マークス)の
エピソードが交互に語られるので、犯人は分かる。
しかし水沢が殺した人間たちの接点を探すうちに
過去に隠蔽され葬られた、まったく別の事件が
浮かび上がってくる。

看護婦の真知子は、幼い頃から独りぼっちだった水沢を
ただ一人温かく受け入れ愛してくれた女性。
彼女が撃たれたことで、全てに絶望した水沢は、独り山へ向った。
真知子の服とサンダルを持って。
やがて、山頂で凍死している水沢が発見される。

「水沢裕之の眼球は、雲海に浮かぶ富士山景を真っ直ぐに
見据えていた。その魂を犯し続けてきた《マークス》から
逃れ逃れてここに辿り着き、真知子と一緒に、一晩待ちわび
ていた天上の夜明けが、もうそこまで来ていた。」

このラストに泣きました。高村薫さんの小説は
この最後の数行あるいは数ページのカタルシスを描くために
これでもかというくらい細密なディテールを組み上げてあって
読み手にとってはそこがたまりません。
苦行の果ての快楽というかなんというか(笑)

ただ文庫版では、私が一番好きなこの部分が改訂されて
抒情性を抑えた、サラっとした感じになっていたので
私はハードカバーの単行本のほうが好きです。
ドラマにも映画にもなりましたが
このとおり、半端なく原作に入れ込んでいるもので
やはりどちらも物足りなさがありました。



プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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