福岡今昔映画話 2

この前昭和32年には、福岡市は全国一映画館が
多かったと書いたが、ちょっと調べてみると、他にも
タマヤシネマ、大名映劇、富士映劇、蓮池映劇、
みなみ東映、西新東映、箱崎映劇、センターシネマ
などという名前が見つかった。

当時私は平尾に住んでいたのだが、そう言えば現
在の平尾のバス停の前あたりにも平尾東映という
映画館があった。他に雑餉隈にも映画館があった
ような覚えがある。

確かに街角映画館と言われるくらい映画館は多かった。
ちなみに当時映画の観覧料が幾らくらいだったか調
べてみたら1950年(昭和25年)で65円、60年代半
ばで200円になり、70年頃で400円、それが80年に
は一気に1200円になって、現在は大人が1800円。

この時期東映の映画館が多かったのは、東映時代劇
が大ブームだったからだろう。片岡知恵蔵や市川右太
衛門、大友柳太郎といった時代劇の大スター、若手の
中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介に加えて、戦後国
民的なスターになった美空ひばり主演の映画も数多く
作られていた。
 
 ただ私自身は東映の映画を観にいった記憶はほとんど
なく、ひたすら宝塚会館で上映される東宝の映画と、ディ
ズニー映画を見ていた覚えがある。

 他に洋画では、エリザベス・テイラーが主演した「クレオ
パトラ」(1961年)オードリー・ヘップバーンの「マイ・フェア・
レディー」(1963年)などは確かに映画館で観て、その壮
大さと華麗さに、こどもながらに度肝を抜かれた覚えが
ある。
 
 この時期の洋画の大作の新聞広告には「総天然色」とか
「パノラマ」とか書かれていた。そして映画はほとんど二本立
てで上映されていたのだが、これらの大作は一本立てだっ
たと思う。

 東映には行かなかったが、松竹にはたまに行った。
 家にTVがなかったので、当時の朝の連ドラ「おはなはん」
(1966年)をTVで見ることはできなかったが、岩下志麻さ
んの主演で映画化されたのを観た。

 その頃の志麻さんは、もちろん能面みたいな怖いアネゴで
はなく、とっても可愛かった。今では人気のTVドラマを映画化
するのは普通になっているが「おはなはん」なんかは、その草
分けとも言える作品なのではないかと思う。

 そして日活。これも親の好みで石原裕次郎や小林旭のア
クション映画も、吉永小百合、和泉雅子、浜田光夫といった若
手の俳優さんが人気になった青春恋愛系もほんとにたまにし
か観なかった。こちらもストーリーは、何も覚えていない。

 そして実は市川雷蔵が好きだった。「眠狂四朗」の黒い
着流しの翳のある雰囲気に密かに憧れたが「眠狂四朗」
は本能的に大人の映画だと感じたので「見たい」とは言い
だせず、後年TVで観た。

他にも、どうしても観たかったが、親に言うと却下され
そうで言い出せず、見逃したのが「鬼婆」(1964)と
「藪の中の黒猫」(1968)とても小学生とは思えない
チョイスではある。


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田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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