他人の顔

「他人の顔」 (1966年 S41) 東宝

  原作・脚本  安部公房
  監督      勅使河原宏
  出演      仲代達矢 京マチ子 平幹二郎

このころ映画は、よほど時間が長い大作映画でない限り
ほとんどが二本立だった。
だからこの「他人の顔」もなにかと一緒に観たのかもしれな
いがもう一本のほうはまったく覚えていない。
「他人の顔」を観たのは11才、小学校の5年生である。断片的に
記憶に残っている映像だけでも、今ならR15指定になりそうな
気がするが、私の親はそういうことを気にする人ではなかった。

 確かに性的な場面は何ヶ所かあったが、それは例えばアクション
映画に出てくるようなそれとはまるで違った。
 
 顔に大やけどを負った男が、仮面をつけて別人に成りすまし、
自分の妻と関係を持つ。男はそのことで、妻に嫉妬するが、妻は
仮面の男が、自分の夫だと見抜いていた。仮面をつけることで他
人の生を生きようとした男は、心を病み崩壊していく。

普通の恋人同士とか、水商売の女性とお客さんとかといった
リアルで、あっけらかんとした性ではない、何か抜き差しならない
ひたすら暗く重く屈折した性。

 「赤ひげ」で男を憎み、殺すために、男に言い寄る狂女や
「羅生門」で、自分を陵辱した盗賊に、自分の夫を殺せと迫る
妻や、この「他人の顔」の夫婦のエピソードは、興味本位で
面白半分に語ることのできない性の世界、その得体の知れ
なさを、私の未完成な脳みそにしみこませた。
 
 父は映画についてあれこれ解説したりすることはなく
私がどう感じたかを聞かれるようなこともなかった。
 映画館では映画が終わるまで、分かろうが分かるま
いが、とにかく集中して観るほかはない。

 完全に理解することは難しいような話でも、脳はあん
がい背伸びができるものなのだ。そして子どもの頃
取り込んだ不完全な情報を、その後仕入れた新しい
情報で上書きしていく。人間にとっての性は本能
だけのものではないということを、私は「他人の顔」
で漠然とではあるが知ったような気がするのだ。

井川比佐志
15807円
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眠れる森の美女

父は眼が悪かったので、字幕の出る洋画よりも
邦画を観にいくことが多かったが、例外的にディズニーの映画は
アニメも、同時に上映される動物の映画も
日本語の吹き替えになっていたので、よく連れていってもらった。

ディズニーの最初の長編アニメーション映画は
白雪姫(1937)で
その後は ピノキオ(1940)
ダンボ(1941)
バンビ(1942)
そしてシンデレラ(1953)
ピーターパン(1953)
わんわん物語(1955)
そしてこの「眠れる森の美女」(1957)と続く。
( )はいずれもアメリカでの公開年なので
日本での公開は、これよりも数年後になるが
私が映画館で観たのは1960年よりもっと後なので
おそらく当時はたびたび再映されていたのだろう。

それらのアニメ映画の中でも一番のお気に入りが
この「眠れる森の美女」の魔女マレフィセントだった。
その「マレフィセント」がつい先ごろ実写版で映画化されて
改めて脚光を浴びることになったのにはびっくりした。

マレフィセントに魅せられたのは多分そのビジュアルの美しさ。
西洋の魔女といえば「白雪姫」の継母みたいに腰が曲がって
黒いマントを来たお婆さんというイメージだったのが彼女は違った。
黒と紫のドレス姿も、ドラゴンに変身してからも
彼女の登場するシーンは、背景なども含めて
日本の怪談映画とか怪獣映画にはあまりない
とてもゴージャスで暗い美しさがあった。

眠っているオーロラ姫が表紙についた
ディズニー絵本を買ってもらって
お習字用の和紙を当てて、マレフィセントやドラゴンの絵を
何回も映して書いたりしたものだった。
しかし半世紀近く経って、そのマレフィセントが
しかも主役で復活することになるとは夢にも思わなかった。

余談だが先日映画を観に行ったら
「ドラキュラZERO」の予告編があっていた。
これも「日曜洋画劇場」でやっていたクリストファー・リーの
「吸血鬼ドラキュラ」からしたら隔世の観がある。
ドラキュラが進化したらこうなるという感じで
ちょっと観てみたい気がしないこともない。
そのクリストファー・リーは、最近でも様々な映画で
大活躍しているのはすごい。御年何才なんだろう?
3024円
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楳図かずおの恐怖まんが

家にテレビを置かない代わりに
本はかなり自由に買ってもらえた。
昭和の小学生が読んだ本といえば
世界名作全集とか偉人の伝記の類いが多いが
今も昔も子どもが好きな本といえばマンガ。

週に1冊「少女フレンド」を買ってもらうのと
お正月なんかは「りぼん」とか「なかよし」も買ってもらえた。
その中で一番インパクトがあったのが
楳図かずおの「ママがこわい」という蛇女のお話。

蛇女が蛙の絵を見て蛇に変わるところが
大きなコマでバァーンと出た時の恐怖。
思わずばたんと本を閉じて
そろそろと少しづつページを開いたような記憶がある。

そんなに怖いなら見なけりゃいいのにと思うが
それ以来楳図かずおの恐怖まんがのとりこになった。
「まだらの少女」とか「黒いねこ面」とか
次の号が出るのが待ち遠しくてむさぼるように読んだ。

大人になって古本屋で「恐怖劇場2」という本を見かけ
思わず衝動買いしてしまった。
そして「ママがこわい」は実は前作の「へび少女」から
話がつながっていたことを知ってちょっと感動した。

私の楳図かずおのマイブームは
小学生の時期だけで終わったので
その後の「まことちゃん」とか
「漂流教室」なんかは読まなかったが
小学校の高学年にかけて観たり読んだりした
映画の「怪談」と楳図かずおの恐怖まんがは
その後の自分の嗜好の原点になった。

だから約半世紀経った今でもホラーが好きだ。
野良ではあるがホラー小説も書く。
ホラーの何がそんなにと思われるかもしれないが
子ども時代と言うのは、大人が思うほど
純粋でも無垢でも美しくもない。
それは昔も今も変わらないのではないかと思う。

夢と希望に満ちた、物語の世界のような
明るくて感動的な日々を送っていたわけではなく
学校というサバイバルな戦場にいる
そんな子どもだった私にとって
恐怖という感情は、たぶんとてもリアルな手触りを
感じさせるものだったのだ。
楳図 かずお
1234円
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楳図 かずお
896円
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怪談

「怪談」(1964 S39) 東宝
監督は小林正樹

原作は小泉八雲の「怪談」

第一話 黒髪  三国連太郎 新珠三千代 渡辺美佐子

第二話 雪女  仲代達矢 岸恵子

第三話 耳無芳一の話 中村賀津雄 丹波哲郎 志村喬

第四話 茶碗の中  中村翫右衛門 杉村春子

一話目の「黒髪」のラストはどくろが出て、死ぬほど怖かったことを
ぼんやりと覚えている。好きだったのは「雪女」と「耳無芳一」で
怖いというよりもの凄く美しいという印象が強かった。当時は夏
になると「怪談○○○」という映画(かさねが渕とか化け猫物)な
んかもたくさんあったけれど、それらとはスケールや質感が違った。
でも「怪談○○○」系のちょっとチープな(ごめんなさい)雰囲気
もけっして嫌いじゃないので、最近でもケーブルで放送されたり
したら、何となく見てしまう。

この「怪談」という映画。調べてみたら、制作費が3億円を軽く超
えていて、製作したのは若槻繁という方が代表の、にんじんくら
ぶという芸能プロダクションだったらしいが、興行の売り上げは
2億2500万円ほどで、製作費に届かず、それが原因でにんじ
んくらぶは倒産したといういわくつきの大作であったらしい。

上に書いた主役級以外でも、林与一、北村和夫、田中邦衛
中谷一郎、滝沢修、佐藤慶、奈良岡朋子、花沢徳衛、長山藍子
神山繁、菅井きん、小林昭二、天本英世 等々 昭和の映画や
演劇、テレビで活躍した名優たちがずらりという豪華さだった。

余談だが、先日ツタヤに行ったら、この「怪談」のDVDに「傑作」
とキャプションがついて、目立つように平置きされていたのに
ちょっと感動した。
岸恵子
3591円
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秦始皇帝

子どもの頃、親に連れられてずいぶんたくさんの
映画を観にいったが、今でも記憶にのこっているの
は、やはりスケールの大きな映画だ。

その中のひとつ「秦始皇帝」 (1962年 S37) 
大映創立20周年を記念する超大作
監督は田中重雄

6キロメートルにも及ぶ万里の長城の実物大のセット
が話題になった。これを観たのは7才、小学校の2年
生だった。

 正直なところ誰が出演していたかや、細かいストー
リーはほとんど覚えていない。ただたくさんの人民が
万里の長城建設のために重労働を強いられている
場面や、いわゆる焚書によって多くの書物が、火中に
投じられる場面なんかがぼんやりと記憶に浮かぶ。

改めて調べてみたら配役が凄い。主人公の始皇帝
は勝新太郎。始皇帝の妃(朱貴児)山本富士子、
太后 山田五十鈴他に長谷川一夫、市川雷蔵、
中村玉緒、川崎敬三、川口浩若尾文子、東野英
二郎などオールスター、オールキャストだった。

 余談だがこの「秦始皇帝」は1961年(S36)に
同じく大映が公開した「釈迦」に続く、日本で2作
目の70ミリフィルムを使用した大作映画でもあっ
たらしい。

その頃はすでに50代後半だった父は、よく昔東
京で観た「十誡(じゅっかい)」という映画の話をし
てくれた。モーゼが人民を率いて紅海を渡ろうと
すると、海面が割れて道ができる。
 その場面の壮大さが、どうやら父を映画の面白
さのとりこにしたようだった。ちなみにこの「十誡」
は1925年公開のアメリカ映画だが、1956年
(S31)同じセシル・B・デミル監督で、チャー
ルトン・ヘストン主演の「十戒」が作られている。

そのDNAは、娘の私にも引き継がれて、今でも
「これは映画館で観たい」と思う映画が年に何本
かはある。ストーリーを知るだけなら、テレビや
DVDでもよいのかも知れないが、そんな小さな画
面で観るのは、内容は同じでも『映画』ではない。
 まして携帯で映画なんて問題外と思うのは
やはり年を取って、偏屈になってきているせいか。

勝新太郎
3000円
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本郷功次郎
4725円
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プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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