フランダースの犬

小学生の時に「小公子」「小公女」「若草物語」「赤毛のアン」
「足ながおじさん」などの定番は大体読んだけれど
その中で一番感動したのが「フランダースの犬」だった。

イギリスの作家ウィーダが1872年に書いた児童文学で
日本でも1950年(S25)以降は多数翻訳された。

この物語は欧米では受けが悪かったらしい。確かに
子ども向けのお話で、バッドエンドはすごく珍しい。
色々困難なことがあったけれど、最後は幸せになりました
というオチが普通なので、アメリカでは結末がハッピー
エンドに改変されているのだという。

私は子どもの時にこれを読んで泣いた。
今だって、あらすじを読んでるだけでもうるっとする。
その理由の一つは、何といってもパトラッシュのけなげさ。
これは動物、特に犬を飼った人でなければわからない
かもしれない。言葉の通じない生き物が、それでも
飼い主に寄せる信頼と愛情の大きさは、理屈を超えた
ものがあって、人間同士も損得抜きでこれくらいシンプル
になれば、もっと世の中は穏やかで生きやすいものに
なるだろうにと思う。
大体この物語は、タイトルからしても「犬」がメインなのだ。
ネロではなくパトラッシュのための物語なのだ。

もう一つは「どれほど望んでも夢はそんなに簡単には
かなわない」ということ。どんだけ暗い子どもだったんと
思われそうだが、たとえば家にテレビがないということ
一つにしても、人とは違う、普通とは違うという状況を
自分なりに受け入れて、克服していかなければならなか
ったから、そういう思考回路になっても不思議ではない。

「大聖堂に飾られたルーベンスの絵が見たい」
それはネロのささやかな夢。その夢は死の間際にかなう。
そしてそのネロの傍らにはパトラッシュが寄り添う。
私はその二人を幸せだと思うし、その瞬間をたとえようも
なく美しいと感じる。ハッピー・エンドの物語は、私には
リアリティがなかった。

ちなみにアニメ版では天使が現れてネロとパトラッシュ
を天国に運んでいくという、よけいなおまけがくっつけ
られていてがっかりした。「天国」とか持ち出さなくても
ネロとパトラッシュは、十分幸せだったのにと私は思う
が、そのへんはやっぱり普通にいう幸福の概念とは
ちょっとずれているのかもしれない。
ウィーダ
918円
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田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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