エクソシスト

ホラー映画の金字塔的作品「エクソシスト」
(1973)日本公開は1974年
監督は、ウイリアム・フリードキン
主演  リンダ・ブレア

「死ぬほど怖い」みたいな触れ込みで
当時予告も、前評判も凄かった気がする。
私は働き始めていたが、安月給なので
料金の安いオールナイトで観に行った。
今はレイトショーで、それほど遅くまでは
上映しないが、昔は深夜でもやっていた。

女優のクリスは、一人娘のリーガンと
ワシントンに滞在していたが
リーガンの様子に異変が起こる。
少女とは思えない邪悪な声でしゃべり
次第に容貌も奇怪なものに変わっていく。
娘が悪霊に取りつかれたと知ったクリスは
神父に悪魔祓いを依頼するのだが。

結末はかなり意外性がある。
当時は「結末をしゃべらないでください」
と注意書きがあったり
映画のラスト何分は会場への出入りが
できなくなるなどという映画もあった。

リーガンの体が空中に浮かぶ
首が180度回転する
緑色の粘液を吐き散らすといった
斬新かつショッキングな映像満載で
評判通りではあった。

ただ「悪魔=怖いもの」という感覚が
日本人は欧米の人より薄いせいか
「死ぬほど怖い」というところまでは
いかなかったようだ。
そして「エクソシスト」の悪魔は
実はキリスト教の悪魔とは
ちょっと違う。

どうやら中東あたりの土俗の悪霊
「バズズ」というらしいのだ。
そのバズズに、結果的には
キリスト教の神父が負けたかも
という終わり方で
映画の中の表現やこの結末は
キリスト教を冒涜するとして
アメリカでは厳しい批判があったようだが
私の好みでは、勧善懲悪でめでたしめでたし
というのよりは、こちらのほうが好きだ。

ちなみに「エクソシスト」を観に行った夜は
台風か何かで、家まで帰り着くのに
ものすごく大変な目にあった。
その状況のほうが
よっぽどホラーだった覚えがある。
エレン・バースティン
1409円
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ルートヴィヒ

高校生の時に観た映画の中で
一番好きだったのが「ルートヴィヒ」
(1972)伊・仏・西独合作

監督ルキノ・ヴィスコンティ
主演 ヘルムート・バーガー

「ルードヴィヒ」を観る前に「ベニスに死す」
を観た。トーマス・マンの原作も読んだ。
ダーク・ボガード演じる老作曲家が
天使のような美少年に想いを寄せる。
絶対にかなうことのない、言葉を交わすこと
さえもできない恋。
そう、今日で言うところのやおい系。

自らの老いを隠すために、白粉を塗り
唇には紅を引き、髪を染める。
その姿が切ない。
優美で、どこか猥雑で、それでいて
物悲しく、音楽も素敵な映画だった。

それから「ルートヴィヒ」を観た。
若きバイエルンの王、ルートヴィヒは、音楽と
詩をこよなく愛し、ワグナーを寵愛する。
政治に興味を持たず、国費を投じて
豪華絢爛な居城を造ることに情熱を傾ける。
そんな王から人心は離れ、やがて彼は
家臣たちから廃位を迫られる。王座を
追われ、狂気のレッテルを貼られたルート
ヴィヒは、幽閉されていた城の湖で、溺死体
で発見される。

これもまた、望んでも、願っても叶わぬものを
人生をかけて追い求め破滅していく
繊細な若者の物語。

このあたりまできて、さすがに自分の嗜好
がなんとなく分かってきた。
私は映画に、感動的なテーマを求めている
わけではなくて、作った人の世界観や美意識
に共感できれば、それでO.Kなのだと。
変に小難しいかったり、無駄に感動を演出する
テーマやドラマはいらないと。
自分が「美しい」と感じることができさえすれば
バカボンのパパじゃないが、それでいいのだ。
そして、それを追い続けて半世紀が過ぎた。

昔も今もマッチョな男性は苦手なので
ダーク・ボガードとか
ヘルムート・バーガーあたりは
翳があって、繊細で
今でも大好きな俳優さんです。

ヘルムート・バーガー
5269円
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ダーク・ボガード
936円
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高校生活と「太陽がいっぱい」

高校には四年間通った。
私がいた高校は、無駄に歴史と伝統だけがある
共学だが圧倒的に女子が多い学校で
学校生活はひどく退屈だった。

それで授業にはほとんど出ず
映画を観にいったり、学校の近くの喫茶店で
コーヒー飲みながら読書三昧の生活を
していたら、学校が始まって以来最初の
女子の落第留年者になった。

さすがに二回目の二年以降は
少々真面目にやって何とか卒業した。
当時の自分を振り返ると「バカだなあ」と思うが
劣等感とか疎外感みたいなものはあまりなくて
どこまでも我が道を行くタイプではあった。
当時、不良とか、アウトローを気取るのを
「突っ張り」っていった気がするけど
私も少々タイプの違う突っ張りだった。

少ないながらも、友だちも何人かはいて
友だちに誘われて観にいった映画が
「ひまわり」
「小さな恋のメロディ」
「砂の器」など。
大評判だった「ある愛の詩」は
誘われたけれど遠慮した。
小説でも映画でも
主人公が難病で、最後は死んでしまうという
病い系は、オチもひねりもない結末に
なるのが分かっているので
昔も今もあまり好きではない。

「太陽がいっぱい」は日曜映画劇場で観た。
ストーリーはまあまあだったけど
ラストがよかった。
「太陽がいっぱいで、最高だ」と海辺のチェアに
横たわるトム。彼が金持ちの友人を
殺してすり替わったことはもう分かっていて
刑事たちが物陰でトムを待ち構えている。
けれど、その結末は描かれない。
「太陽がいっぱいだ」と幸福そうに
つぶやくトムの表情だけが美しく残る。
だから映画の終わり方としては
数あるなかでもかなりポイントが高かった。

最近はアメリカ映画もリメイクが多い。
「太陽がいっぱい」も1999年に
マット・ディモンの主演で「リプリー」という
タイトルでリメイクされたが、そちらは未見。

アラン・ドロン
3660円
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魔術

 去年の夏、引っ越しをした。
我が家はとにかく本の多い家で、ピーク時には
私と子どもたちの本を合わせたら千冊以上
あったのではないかと思う。

この三十年の間に二度、大幅に処分した。
子どもたちが小さい頃読んでいた本や
私が子育て中に、息抜きに読むのに買い込んだ
推理小説、父の蔵書だった古本など
子どもに残しても迷惑になりそうな本は
かなり思い切って処分した。

それでも引っ越しが決まった時点で
まだ二百冊くらいは残っていた。
それを、この際断舎利することとした。

まずは選ぶ基準を決めた。
「人生を変えたこの一冊」
それで最終的に五十冊ほどになった。
人生が五十回変わったわけではないのだが
それくらいインパクトがあったものを
手元に残せばいいやと思った。

芥川龍之介の「魔術」は
さすがに自分が読んだのは残ってなくて
子どもに買ってやった、新書版の児童書だ。
もう子どもたちはいらないのだが
単純に自分の好みで残した。

時雨の降る夜、古い小さな洋館。
私は、うわさに聞いた魔術を見せてもらう
ために、インド人の、若い魔術の大家
ミスラくんの家を訪れる。

テーブルクロスから出現する花
ひらひらと室内を飛び回る本
私は、ミスラくんの魔術に感嘆し
自分にも魔術を教えてほしいと頼む。

ミスラくんは、魔術を使うには
欲を捨てなければいけないと条件を出す。
約束して魔術を習った私は
友人とのかるたの勝負で約束を破る。

前に紹介した「スペードの女王」に
よく似た場面も出てくる。
けれど「魔術」は幽霊話や復讐譚ではなく
映画を観ているような幻想小説。

ひと月以上の時間が経ったと思わせる話が
「オバアサン、オバアサン、オ客クサマハ
オ帰リニナルソウダカラ」というミスラくんの
言葉と、再び竹やぶに降る時雨の音で
ほんのひと時の幻だったと分かるラストは
読んでいると、何かしらぞくぞくする。
風邪の引き始めとかいうんじゃなくて
ふっと異世界にワープした時の快感。

学生時代に、鴎外とか夏目漱石も
ひととおり読んだけど
どうも思索的なものはあまり向かないらしい。
「桜の森の満開の下」も、この「魔術」も
一つ一つのシーンが鮮やかに浮かぶ
どちらかといえば、すごく感覚的な小説。
そういうのが大好きというのは
同時進行で観続けた映画の影響なのかは
よく分からないのだが。

芥川 龍之介
626円
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王女メディア

映画への興味は小さい頃からあったので
中学生になると、新聞の映画批評や、ヨドチョーさん
の話の影響なんかで「スクリーン」も読むようになった。

そして強く興味を持ったのがパゾリーニだった。
特に「アポロンの地獄」(1967)と
「豚小屋」(1969)は観たかったが
いかんせん、この時まだ中学生である。
さすがに映画館に一人でパゾリーニの映画を
観にはいけなかった。

そんな私が、晴れてパゾリーニ作品を観たのが
「王女メディア」(1970)伊・仏・西独合作

主演が20世紀最高のソプラノ歌手である
マリア・カラスだったこともあって
当時結構話題になったと思う。

原作はエウリピデスのギリシャ悲劇「メディア」
コルキス国の王女で巫女でもあるメディアは
金毛の羊皮を求めてきたイアソンと恋に落ち
自分の弟を殺して羊皮を盗み出し、イアソン
とともに、コリントスへ逃亡する。十年後
イアソンは、コリントスの王から娘婿にと
望まれて、メディアを裏切る。メディアは
イアソンとの間にできた二人の子供を刺し
殺し、家に火を放って、燃え盛る炎の中から
イアソンに呪詛の言葉を叫ぶ。

ストーリーを書き出すと、すごく過激だが
映画はそれほど激しいやり取りがあるわけでは
ない。セリフではなく映像で語られている感じ
だ。荒涼とした風景、繰り広げられる土俗的な
儀式、重厚で奇異な衣装や音楽。どこかお能
を観ているような感じもあった。

この時40代の半ばだったマリア・カラスの存在
感はすごかった。全てを賭けて愛した男に
裏切られた女の怒り、憎しみ、恨み。
私は、キリスト教の世界観は、あまりしっくり
こないのだが、こういう原始的なアニミズムは
非現実なものでもすんなり受け入れることが
できる。理屈ではなくて感覚的なものだ。

後年「アポロンの地獄」や「ソドムの市」も観たが
この「王女メディア」ほどのインパクトはなかった。
ただ「アポロンの地獄」は「王女メディア」と同じ
ギリシャ悲劇が原作なので世界観は似ており
パゾリーニ作品の中では、この二作品が私の
ツボにぴったりはまった。

そして「王女メディア」のDVDが発売されていることに
ちょっとびっくり。この作品レンタルで探しても見つか
らなかったもので。
マリア・カラス
5201円
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フランコ・チッティ
3990円
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プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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