ブルー・ベルベット

1980年から90年代にかけて、デヴィッド・リンチ監督
の作品は結構たくさん観た。

最初に観たのは「エレファント・マン」(1980年)
モノクロで19世紀のロンドンが舞台で
レトロな空気感のある映画だった。
ただ宣伝されたような「感動できる」映画だったかというと
そこはちょっと違っていて、一人のとても醜悪な容貌の
男性を巡って、周囲の人間たちの俗悪さというか残酷さ
のようなものが、だまし絵のように透けて見えるという
何となく薄気味悪い映画だった。

その後ビデオで「イレーザー・ヘッド」を観たが
これは歯が立たなかった。私には、極度に抽象的なものを
理解できる高次元な感性はない。

そして「ブルー・ベルベット」(1986年)
「イレーザー・ヘッド」がお手上げだったので
ちょっと躊躇したけど、これは面白かった。
何より「イージー・ライダー」のデニス・ホッパーが出演
していたことが大きかった。
そのデニス・ホッパー、「地獄の黙示録」の時は
ドラッグの中毒でセリフが覚えられず
度々監督と衝突していたらしいが
この「ブルー・ベルベット」で復帰を果たしたと
ウィキの記事にあってびっくり。

それなのにこの映画でも、完全にイッちゃってる
キレキレのキャラで大暴れしているのは
そういう役がよっぽど性にあってるということなのか。

大学生のジェフリー(カイル・マクラクラン)は
ある日野原で、切断された人間の片耳を発見する。

「すわ殺人事件か」という導入部だが
この映画は犯人探しが主眼ではない。

この事件に興味を持ったジェフリーは、素人探偵よろしく
事件に何らかの関わりがあると思われるクラブ歌手の
ドロシーのアパートに忍び込んだ。そこでジェフリーが
見たものは…。

のどかで平凡で単調に見えたアメリカの片田舎の
ジェフリーがそれまで過ごしていた日常とは
正反対の、異常で倒錯的な世界が
実は平凡な日常と背中合わせに存在した。
それを知った時に、ジェフリーは
その禁断の空間へ足を踏み入れてしまう。

ドロシーに暴力をふるう性的サディストで
変態のおっさんがデニス・ホッパーです。

何が現実で、何が非現実なのか
結局よく分からないけど、映像も音楽も美しい。
現実の世界が実はこういうものなんだと感じてしまったら
自己とか実在などは簡単に揺らいでしまう。
生きてること自体、迷路の中を彷徨うようなものになる。
けれどそういう感覚に身を委ねるのは悪いことじゃない。

そういう訳で、20代の後半には
全然つじつまが合ってなかろうが、ぐだぐだだろうが
自分がそっちの世界にポンとワープできる映画だったら
とっても楽しく観れるようになったのは
多分デヴィッド・リンチ監督のおかげだと思います。







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エクソシスト ディレクターズ・カット版

先日、ケーブルの無料チャンネルで
「エクソシスト ディレクターズカット版」を見つけた。

「エクソシスト」については、一回書いたが
何しろ30年以上前に観たうろ覚えな記憶が頼り。
そこで今回久々にじっくり観直すことにした。

冒頭 イラク北部の遺跡の発掘現場で
老メリン神父は悪霊バズズの石像と対峙する。

女優のクリスは映画の撮影のために
娘のリーガンとともにワシントンに滞在している。

カソリックの神父でありながら
精神医学を学んだカラスは
現実の生活で、認知症気味の母親の介護
という悩みを抱えている。

最初に観た時は、リーガンが悪魔に
乗り移られてからの衝撃映像の数々が
あまりにも強烈に残って、それ以外の細部がすっ飛んだ
のですが、改めて観るといやぁよくできてます。

まず何気ないシーンが、ひとつひとつ不気味だから
じわーとくる得体の知れない怖さがある。

そもそもなんでリーガンだったのかが
よく分ってなかったんだけど。
彼女の両親は別居だか離婚だかで
父親は彼女の誕生日にも電話してもこない。
母親は、映画監督のバークに好意を持っていて
リーガンは、そんな母親に理解を示しているように
見えるが…。
リーガンの孤独、不満、そしてもしかしたら憎悪。
そんな彼女の心のすき間に悪魔が忍び込んだということか。

そしてもう一人。精神医学と信仰という相反するものを
抱えて苦悩するカラス神父。
そこに、母親を終日拘禁するような劣悪な施設に
入所させておかなければならないことへの罪悪感が
神父の葛藤を深める。神父という職業には
不似合いな陰鬱さがGood!

クリスは変貌するリーガンを医師に診せるが
「神経の病気」「精神異常」と繰り返すだけで
まったく無力な現代医学に絶望して
カラス神父に悪魔祓いを依頼し
メリンとカラスの二人の神父と悪魔との壮絶な闘いが
繰り広げられることになる。

そして、改めて観終わっての感想。
あれ、本当にバズズっていう悪霊だけなんだろうか。
なんか他にもいたような…・という
得体の知れない怖さもあり~の
でもウイルスじゃないんだから、あんだけ強大なのに
宿主が死んじゃったら、悪魔も死ぬのかっていう
疑問も残りつつ、でもこれは大画面で観たら
今でも十分に怖いと確信できました。

そして私としては、ホラーとSFは、あまり細かいところを
気にせず観たほうが、楽しく観られるような気がしています。



尾崎放哉

中学から高校にかけて、一時期はしかのように
中原中也にはまった時期があった。
それは、高校時代に、一人だけ私のことを
とても可愛がってくださった現国の先生が
個人的に中原中也の研究をされていたので
その影響だった。
もう一つの理由は、当時放送されていた
「柔道一直線」というドラマに出ていた
近藤正臣さんのファンで、見てたら
中也の詩がドラマの中でも出てきたから
という黒歴史のおまけつき。

当時デビューしたばかりで
美青年だった近藤さん、先日公開された
「龍三と七人の子分たち」に出てましたね。
あと「龍馬伝」の山内容堂とか。熱演でしたけど。
あ~、自分が年取るはずだわ。

その後、詩とか短歌、俳句といった短文系には
特に興味も思い入れもなかったが
ある時尾崎放哉の俳句に出会って
ハードカバーの「尾崎放哉全句集」を買った。

その衝撃を受けた句というのが

  蛇が殺されている炎天をまたいで通る

そして句集の中でもうひとつ好きなのが

  肉がやせてくる太い骨である

季語や、五・七・五という型には捉われない
自由律俳句というらしい。

尾崎放哉という人は、大正生まれで
一高、東大法学部というエリートコースを歩みながら
お酒にのめり込み、結婚にも失敗。仕事も失って
最後は、小豆島の南郷庵という小さな庵の寺男となって
肺結核のため、41歳で世を去った。

社会人としても、家庭人としてもダメダメで
性格的にもいろいろ問題があったらしく
友だちもあまりいないような孤独な人生だが
言葉にものすごく不穏な力がある。

現実を見つめる視点も独特だ。
その自分の見たものを
技巧的でも、感傷的でもなく
たったこれだけの長さの言葉で
表現しきっているところがすごい。
正直俳句というものをナメてましたと
心の中で謝った。
というわけで、これが自分の人生で買った
最初で最後の句集。

尾崎放哉の生涯を描いた 『海も暮れきる』 (吉村昭著)
も読んだ。人は孤独に生きることはいいことではないかも
しれないが、孤独と向き合えるだけのパワーがあれば
必ずしも不幸だとは言えないような気がした。


七人の刑事

連続ドラマの中で、一番強烈な印象が残ったのが
「七人の刑事」
これもモノクロだった。

男性のハミングによるオープニングのテーマとともに
旧警視庁の建物が上空から映し出される
タイトルと出演者のクレジット。

よれよれのコートに鳥打帽をかぶった沢田部長刑事が
芦田伸介さんで、他に佐藤英男さんや美川陽一郎さん
などなど。

ほぼ同じ頃に、宇津井健さんの「ザ・ガードマン」や
丹波哲郎さんがキャップで、千葉真一さんや野際陽子さん
が出演していた「キー・ハンター」も放送されていて
わりとどれも見ていたのだ。
けれどもどれが一番かと言われたらやはり「七人の刑事」
だった。

他のドラマが、アクションなども組み込んだエンターテイメン
トな作りだったのと比べて「七人の刑事」は格段にリアリティ
があった。けれど、その分とにかく暗いし、話によっては恐
かった…ような気がする。

唯一記憶にあるのは富士真奈美さんが出演されていたこと。
調べてみると1968年に「贖罪」1969年に「復讐」
というのがあった。その富士真奈美さん、2007年に
放送された「ハゲタカ」で、玩具メーカーの高慢でわが
ままな女社長を演じて、すごい存在感だった。

「七人の刑事」は、当時の世相、社会問題をリアルに描いた
息詰まるようなドラマだったが、調べてみたら、出演者も凄い
けど、脚本もすごい。早坂暁さんとか、高橋玄洋さん、ジェー
ムズ・三木さん、向田邦子さんの名前まであったのには驚いた。
当時中学生だった、未熟で未完成な私の脳に、終生残るような
強烈なインパクトを与えたのも、むべなるかなではある。

「七人の刑事」に魅入られたことが、その後松本清張の
社会派推理小説にのめりこむきっかけにもなった。

近年かなり古いフィルムでも、完全に復元できる技術が
飛躍的に進んでいる。細かいストーリーは完全に
忘れてしまっている「七人の刑事」を復刻して、放送
してくれないかなと、ちょっと思ったりしたのだが
当時はテープが高価だったために、第1シーズン
(1961年~1964年春)の放送分は上書きされて
どうやら現存していないらしい。残念なことである。

予想通りDVD化もされておらず、詳細を知ることが
できる唯一の資料は、下の書籍だけである。


四谷怪談

子ども時代、夏と言えばスイカと怪談という
感じだった。小学校の頃は、映画館でも
夏は必ず怪談映画が上映されていた。
一番有名なのはやっぱり「四谷怪談」

他にも「番町皿屋敷」とか「牡丹燈籠」
按摩さんが出てくるのとか、化け猫とか
いろんなバリエーションがあった。

「四谷怪談」は、とにかく恐かった。
毒で顔の半分が崩れたお岩さんも恐いし
有名な戸板返しの場面なんかは恐すぎて
顔を隠して、指の間から見るほどだった。

何回も映画化されて、TVで放送されたものも
多いので、記憶がごちゃごちゃなのだが
昭和40年の「四谷怪談」(監督豊田四郎)は
映画館で観ることができたと思う。配役は
伊右衛門が仲代達矢、お岩が岡田茉莉子

後年、四谷怪談についての解説の中の
「幽霊は、この世で自分に地獄を見せた
人間を、地獄に誘うために現れる」という説に
激しく共感した。悪いことをしたら、どこまでも
幽霊に付きまとわれて、最後は殺され、地獄に
連れて行かれる。しかも幽霊はすでに死んでる
から、立ち向かってやっつけることもできない。

だから人間は、他人を苦しめたり、傷つけたり
殺してはいけないのだ。ちゃんと理にかなっている。
私はこういう映画は、子どもの頃に見て、うんと恐い
思いをしたほうが良いと思う。
言葉であれこれ言うよりも、何倍も説得力がある。

これが私の恐怖の原点にあるので
現代のホラー映画といわれるもの
ジェイソンとかフレディとかブギーマンとかの
スプラッターなホラーでは
特に関係も責任もない第三者が次々に
殺されるのがどうも理不尽な気がしてしまう。

「四谷怪談」も次々リメイクされて
特に美人の女優さんがお岩さんをやると
あんまりぐちゃぐちゃな面相にもできないからか
それとも私が恐い映画をいっぱい観すぎて
すっかり免疫がついてしまったからか
最近のものはそれほど恐くなくなった。
そして最後が恋愛物みたいになるのは
もう「四谷怪談」ではない。

先日TVで映画版の「怪談新耳袋」というのを観ていたら
最後に「100人スミス」みたいなのが出てきて
がっくり。あと、怪談映画にアイドル使うのやめれ!
などと言いつつ、性懲りもなく何日かして
「新耳袋 幽霊マンション」というのを観た。
吹越満が出ていたもので。

映画としての評価が一番高い「四谷怪談」は
下で紹介する中川信夫監督の作品らしい。



プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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