羅生門(小説)

先日ウン十年ぶりに黒澤明監督の
「羅生門」を観て、本当は映画の「羅生門」
の感想を書くつもりだった。

しかし映画を観終わったあとで、無性に
芥川龍之介の「羅生門」が読みたくなった。
本は処分してしまったが、今は過去の名作は
たいていネットの青空文庫で読むことができる。

そしてこれもウン十年ぶりに「羅生門」を
読んで、改めて新鮮な衝撃を受けた。
何を今さらと笑われそうだが
「芥川さん、ナメてました。ごめんなさい!」
と、正座して謝りたい気分です。

雨に降りこめられた日暮れの羅生門の下で
一人の下人の男が雨宿りをしている。
度重なる天災で、京の都はさびれ果て
羅生門は、引き取り手のない死体の捨て場に
なるほどの廃墟と化していた。
この陰鬱な情景描写が上手い。上手過ぎる。

下人は数日前に失業した。あとは盗人に
なるしか生きる手段はないのだが
その勇気がない。せめて風雨をしのげる
場所で野宿をと、楼の上に上がった男は
そこで、打ち捨てられた死骸の髪の毛を
抜いている、痩せた猿のような老婆を
目撃する。

原稿用紙にして十枚にも満たないような
短いストーリー。取り立てて大きな事件が
起きるわけでもないのに、老婆との
やり取りの中で、男の気持ちに劇的な
変化が起きる。男は盗人になる決意を固め
闇の中に消えていく。

下人も、老婆も、「生きるため」というレベルで
考えれば、善悪などは意味を持たない。
そして芥川は、それを是とも非とも断じない。
人間とはこれほどにも不確かなもの。
淡々としているけれど、妙にぞくりとする。

学生時代に、漱石や龍之介を読んでいた頃は
こういう名作は、読んでおかなければいけない
みたいな、変な義務感みたいなものがあったけど
実はドラマチックな話のほうが面白くて
こうした地味な短編を、ていねいに読める
能力がなかったのだと思う。

それにしても、この「羅生門」のインパクトのある情景描写と
ほぼ全編心理劇の「藪の中」を
見事にドッキングさせた黒澤明監督のセンスは
改めてすごいと思いました。
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第9地区

「ブレードランナー」の他に、古くは
「エイリアン」の第一作とか「未知との遭遇」とか
これも一作目の「猿の惑星」とか
近年では「アルマゲドン」やら「マトリックス」やら
超有名どころは何となく話の種に観たのだけれど
どれも、ものすごく好きというとこまではいかなかった。

そんな私が「これは凄い」と思ったのが「第9地区」

 監督 ニール・ブロムカンプ
 出演 シャールト・コプリー

1982年、南アフリカヨハネスブルグ上空に、突如
巨大な宇宙船が出現。調査隊が船内に突入すると
故障して動かなくなった宇宙船の中には、エビのよ
うな姿をした多数のエイリアンたちがいた。

それから28年、難民として第9地区に隔離された
エイリアンたちは増え続け、住民とのトラブルも
絶えない。超国家機関MNUはエビエイリアンたちの
移転を決め、その移住計画の責任者として
職員のヴィカス(シャールト・コプリー)を派遣する。

なぜかエイリアンの中に一人だけ、とても知能
が高いクリストファーと名乗るエイリアンと
その息子がいて、彼らは故郷に帰るために
秘密裡に宇宙船を修理する計画と実験を
続けていた。

しかしヴィカスが誤って、エイリアンが持っていた
謎の液体を浴びたことで、彼の肉体はエイリアン
化を始め、貴重な研究材料としてMNUから追わ
れるはめに。

「第9地区」の何がいちばん面白かったかというと
この映画のいたるところに見られる、固定観念を
ひっくり返す、逆転の発想。
かつて宇宙人といえば、あらゆる意味で特別
な存在だった。それは人類よりも優れた能力を
持っていたり、戦っても絶対にかなわなかったり。

ところがこの映画では、古タイヤをかじったり
猫缶大好きだったりする、しょぼいエイリアンが
うじゃうじゃいる。強力な武器を持っているけど
彼らは人間と戦おうとはしない。

「第9地区」では、彼らに対峙する人間の残酷さ
醜悪さが、さまざまな形で描かれる。
エイリアンたちを、排除の対象や実験材料としか考
えてないMNUの権力者たちや、彼らを相手に
あくどい商売をしたり、殺して食べたりするギャングたち。
そしてエイリアン化したヴィカスに
手のひらをかえすような仕打ちをする身内や友人。

南アフリカの出身であるニール・ブロムカンプ
監督の意識に、人種差別の問題があった
ことは、すでにたくさんの人が指摘されている。

最初絵に描いたような小役人キャラで嫌な奴
だったヴィカスは、エイリアンに変容していく過程で
かつて自分がそちら側だった、人間たちの冷酷さを
実感し、さらにクリストファーと共闘するうちに
故郷に帰りたいという彼らの願いを実現させて
やりたいと、人間との捨て身の戦いに突入していく。

だからといって、お涙頂戴の感動ストーリーに
ならないのは、細かいところで、整合性もなにも
あったものではない、破天荒な展開の賜物。

無事宇宙船が動いて、去っていくクリストファー親子。
「あれ、仲間は乗せてってあげないの?」
「三年たったら帰ってくる、そしたら治せるって
ヴィカスもう完全にエイリアンになっちゃったし」
という感動もへったくれもないハチャメチャな
エンディング。それでもラストシーンは
ズキュンとしましたけど。

とどめが手持ちカメラで撮影された
ドキュメンタリー風のグラグラな映像。
SF映画の定番とも言える
無機質で、テクノロジー満載な、大がかりな
セットや、CGを駆使した火責め水責め風映像が
どこにもないところが、妙に新鮮でした。
この映画は、洋画のオールマイベストの上位にあり
多分変わることはないように思います。


ファイト・クラブ

ファイト・クラブ(1999)

監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 エドワード・ノートン、ブラッド・ピット
    ヘレナ・ボナム=カーター

「ファイト・クラブ」は、伊藤計劃さんの「映画時評集」の中では
珍しく、トータルで高評価な作品の一つだ。
私はマッチョ系が苦手なので、予告編で格闘技の映画なのか
と敬遠していたが、「セブン」以降デヴィッド・フィンチャー監督
のファンになったこともあって、つい最近観た。

「僕」(エドワード・ノートン)は、高級なマンションで、選び抜いた
北欧家具に囲まれ、恵まれた生活をしているが、仕事は、車の
リコールの査定で出張ばかり。ひどい不眠症に悩まされている。

タイラー(ブラッド・ピット)は、恵まれた容姿と体型の持ち主で、
精力も絶倫。毎日1時間しか眠らず、仕事をかけ持ちして
自由奔放に生きる男。
二人は飛行機の中で、偶然隣り合わせたことがきっかけで
奇妙な共同生活を始める。

そこに、生きることに意味を見出すことができない女性
マーラ(ヘレナ・ボナム=カーター)が加わって、三人は
微妙な関係になっていく。

彼らが始めた、お互いを力いっぱい殴りあうという行為は、多くの
賛同者を得て「ファイト・クラブ」という共同体が結成される。
当初世の中の格差や不条理に対する怒りを、殴り合い
自分をとことん痛めつけることで解消していた彼らだが
やがてそれは社会を標的にした暴力へと変質していった。

次々に衝撃的な事件が起きるが、この映画は明るい。話の
テンポも速いし、コメディと言われるのもわかる。正義とか
愛とか、善とか、社会がでっちあげた、曖昧であまり実効性
のないプロパガンダに、次々におしっこをひっかけてまわる
みたいな、軽い毒のある笑いが満載なのだ。

それともう一つは、この映画は、生物としての人間の本質を
肯定的に描くというスタンスの映画なのだと感じた。
それは、無条件に暴力を容認することではなく、自分、あるいは
他者の傷の痛みや、流れる血の温かさを実感すること。
最近日本の映画や小説は、社会や家族の生んだ病理を
他人に対する攻撃性という形で描いているものが多い。
映画では「渇き。」とか、小説では「殺人鬼フジコの衝動」
なんかを観たり、読んだりしたけど
この「ファイト・クラブ」のような開放感には乏しい。
まるで「親に虐待されたら変質者や殺人鬼になるのが
お約束」みたいに、ベクトルが固定されてしまっている。
残虐な描写に、親子がどうだとか家族がどうだという
情念めいた話が絡むので、ひたすら陰惨で湿っぽい。

ほぼ同系統ながら「クリミナルマインド」あたりのほうが
まだ劇中の会話やナレーションに文学的な空気がある。

社会や人間をどういう角度から描くのか、そして映画にしろ
小説にしろ、作品がどういう方向を向いているかは
とても重要で、どうせならまだ観たことがないものが観たい。

そういう意味では「ファイト・クラブ」はかなりぶっとんでいた。
相当注意力のある、深読みができる人じゃないと、この
映画の結末を予測するのは難しい。ドンデンというのとも
ちょっと違う。原作が未見なので、比較することができないが
映画としても、とてもうまくできているのではないかと思う。

現実と非現実が複雑に交錯する
例えば伊坂幸太郎さんの小説とかを映画化しようとする
ような人たちは、ぜひ「ファイト・クラブ」なんかを
しっかり研究して、面白い映画ができるようにしてほしい。

そして実は私は「ハーモニー」という小説は
伊藤計劃流の「ファイト・クラブ」だったのではないかと
考えているのですが、それについてはまた後日。


プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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