足摺岬

父は明治生まれの医者だった。
二つの大戦と、日本人の価値観がひっくり返った時代
を経験した人だ。
私は父が復員してから50歳の時に生まれた一人娘で
父親と外出すると、人からよく「お孫さんですか」とたず
ねられた記憶がある。
そんな具合で、全ての意味で私の育った環境は、かなり異
質ではあった。

時代の空気というものがある。
中学から高校にかけて、全共闘の学生運動が起こり
三島由紀夫が割腹自殺をし、あさま山荘事件があった。
戦争からの復興が一段落して、平和で豊かな社会に向か
おうとする一方で、それに疑問を感じ、反発する人たち
が起こしたアクションで、社会がざわついていた、ちょうど
その頃が思春期だった。

中学まではお決まりの優等生コースだったが、高校に入
ると、ただ机に向かって勉強をすることに意味を感じなく
なった。だからといってゲバ棒を振り回せるわけもなく
当時の文学青年たちがもれなくハマる太宰治や坂口安
吾に心酔した。今だったら中二病と揶揄される典型的な
パターンだ。現実での無力さを、脳内ドロップアウトを
実現させることで、自分には何でもできるような気に
なっていた。

難解な本を読むのが格好いいのだと信じて、埴谷雄高とか
高橋和己、大江健三郎なんかを読み漁り、こっそり優越感
にひたってもいたが、実はさっぱり分からなかった。
そしてチッチとサリーの「小さな恋のものがたり」で盛り上がる
クラスメイトの中で、いちおう読んで話を合わせてはいたが
メンタル的には完全に浮いていて、学校生活にはなんの魅力も
感じなかった。

まさに乱読状態で、とにかく手当たり次第に読みまくった
学生時代の読書歴の中で、四十年近く経った今でも自分
の中にしっかりと残っている一冊は田宮虎彦の「足摺岬」

「足摺岬」は若者にありがちな自殺願望を投影させるには
うってつけで、高校時代はそれもあってハマったかもしれな
いが、その後生きていろいろなことがあるうちに、受け止め方
が大きく変わった。
社会の理不尽さに打ちのめされ、最底辺で生きることを強い
られる人々の、悲しみと苦しみと、どうしようもなく切ない美しさ。

貧乏のどん底で力尽きて自殺するために足摺岬にたどりついた
青年に、幕末維新の激動の時代に、地獄のような苦難を生きた
老いた遍路が言う。
「のう、おぬし、生きることは辛いものじゃが、生きておる方が
なんぼよいことか」
この場面、この言葉は、何か人生で困難なことがあるたびに
私の心の一番深いところで響き続けた。
田宮 虎彦
1188円
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50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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