アメリカン・ニュー・シネマの時代

1960年代後半から70年代にかけては、ヨーロッパではヌーベ
ル・ヴァーグ(新しい波)、アメリカではアメリカン・ニュー・シネ
マの時代を迎えて、それまでとはかなり傾向の違う映画が作
られるようになった。

これらの映画は、日本には若干遅れて入ってきたのだと思う。しかも
その頃はまだビデオも普及していない時代で、映画は最初の封切り
館とは別の映画館で繰り返し上映されていた。
高校生活に見切りをつけた私は、ひまさえあれば天神に出かけて映
画を観るようになった。今はソラリアになっている場所にスポーツセ
ンターがあって、その一角にセンターシネマがあった。

センターシネマのような二番館では、確か150円くらいで映画が観
られて、今と違って入れ替えもないから、気に入れば150円で2回
でも3回でも、その映画を見ることができた。学校をさぼっているから
当然友だちは誘えない。いつも一人だったがその頃には、ほとんどの
人は映画を一回しか観ないものだということが分かり始めたので、
気にいった映画を何回も観るには、一人のほうが好都合でもあった。

映画も本と同じで、最初はヌーベル・ヴァーグのゴダールとかトリュ
フォーとかはたまたベルイマンなどの、芸術的で難解な映画を観る
ことが格好いいと思い込んで、一生懸命見たが、これまたさっぱり
分からず、面白いともおもえなかった。

ヨーロッパ系は全滅だったが、アメリカン・ニュー・シネマは多くの
作品が、まさにツボ中のツボとも言えるものばかりで、十代の、
一番感受性の強い時期に、のめりこんだ世界観は、影響を受け
るという程度ではすまず、自分の人格そのものを形成するのに
よくも悪くも(悪いほうが多いが)大きく寄与した。

もともと家庭環境が、劣悪だったわけではないが、少し複雑だ
ったこともあってかなり小さい頃からマイナー思考だったものが、
がっつり補強されて、まさにこれぞマイナー思考、THEマイナー
思考とでも言うような人間ができつつあった。

「イージー・ライダー」「俺たちに明日はない」そして「真夜中の
カーボーイ」
十代後半の私の三種の神器とも言える映画がこれ。まあ何と
も分かりやすいキャラクターではある。自由を求めて、反社会
的な行為もいとわず、突っ走ったあげくに自滅する。
自分の、あるいは自分たちのおかれた現状に閉塞感を感じて、
何とかそこからドロップアウトしようとする若者たちの姿に、私は
ゲバ棒を振り回す青年たちよりも強い魅力を感じてしまったわけだ。

なぜゲバ棒ではだめなのか。
それは、社会は個人の力では変わらないからだ。私は今でもそ
う信じている。社会を変えることなんかできないけれど、自分の
生き方は変えられるのだ。若かかった私はそう思った。
けれど当時の私にできたのはせいぜい「俺たちは明日はない」
のボニー(フェイ・ダナウェイ)のファッションをまねて、タイ
ト・スカートをはきベレー帽をかぶることぐらいだった。

余談だが、十年くらい前に、平本アキラという人の「俺と悪魔の
ブルーズ」というマンガを読んでいたら、「俺たちに明日はない」
のボニーとクラウドが登場していて、とても嬉しかったのだが、
その後このマンガは打ち切り。さらに去年再開が決まりと二転三転。
何はともあれ続きが読めるのを楽しみにしている。

ウォーレン・ベイティ
909円
powered by yasuikamo


平本 アキラ
719円
powered by yasuikamo
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

田中偲

Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
amazon
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
1012位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
456位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア