黒澤明の映画

 小学生の頃宝塚会館で観たたくさんの映画の中で、強く印象に
残っているものの一つが黒澤明監督の作品。「蜘蛛巣城」や「七
人の侍」といったアクション系の時代劇は、多分親の好みでリア
ルタイムでは観なかったが「羅生門」「赤ひげ」「姿三四郎」などは
劇場で観た。
ただなにしろまだ八才とか九才とかそのくらいなので「羅生門」
は???な状態で、ただただ白塗りの京マチ子さんが怖かった。
後日龍之介の「羅生門」を読んだ時も映画とは全然結びつかず、
中学生くらいになってようやく映画「羅生門」は龍之介の「藪の中」
と「羅生門」とを組み合わせたストーリーであることを正確に理解
した。

 「羅生門」に比べると「赤ひげ」はまだ幾らかストーリーが分かり
やすかった.。エリート医師の卵保本登(加山雄三)は、長崎への
遊学中に約束された将来の可能性を失い恋人にも裏切られて、
民間の医療機関である小石川診療所の新出去定(三船敏郎)の
許に預けられる。初めは自分の現状に強い不満を持ち反抗して
いた登だったが、市井の人々の悩みや苦しみ、悲しみを体験す
るうちに、少しづつ変化し成長していく。

 性的な虐待を受けて心に深い傷を負い、男性に言い寄っては
殺す女性の話などは、小学生だった私には、正直理解できたと
は言いがたい。そんな中、貧しい一家が、長男が泥棒をしてしま
ったことをきっかけに一家心中をする話だけは鮮烈だった。長屋
の女たちが井戸に向かって死者を呼び戻そうと叫ぶ。その場面
が今でも記憶に残る。
 
 後に原作を読んでこのエピソードが山本周五郎の原作「赤ひげ
診療譚」の中の「鶯ばか」という話だと知った。 
 他人の家の塀の板をはがして盗み煮炊きに使わなければならな
いほどの極貧。子どもたちが亡くなったあとで母親が言う。
「どうしてみんなは放っておいてくれなかったんでしょう。放っと
いてくれれば親子一緒に死ねたのに(中略)生きて苦労するの
は見ていられても、死ぬことは放っておけないんでしょうか」
 
 安易なヒューマニズムなどでは解決することができない魂の
叫びだ。現代でも同じような状況で生きている人はたくさんいる。
この問いかけに、きれいごとや気休めや、何かの受け売りでは
なく、正面から真摯に答えることのできる人がいったいどれくら
いいるのだろうか。

三船敏郎
1963円
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山本 周五郎
637円
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Author:田中偲
50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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