砂の器

四年間の高校生活が終わるころには
いわゆる純文学と呼ばれるようなものには
興味を失っていて、さらさら読める推理小説を
読むことが多くなった。

まずは松本清張を手当たり次第に読んでいたので
「砂の器」も原作を先に読んだ。
意外性もあったし、当時としては結構最先端と思える
トリックもあったりで、密度の濃いミステリーだった。

これだけボリュームのある小説を映画にすると
原作を読んだ者には、どうしても物足りなさがある。
それでも映画を観にいったのは
当時二、三人しかいなかった友だちの一人が
森田健作さんの熱烈なファンだったので
彼女に誘われて、断りきれなかったから。

砂の器(1974) 監督 野村芳太郎

        出演 丹波哲郎、森田健作、加藤剛

でも映画は予想に反して
とても良くできていたと思う。
なぜかというと、映画は原作の基本設定を
踏まえながらも、これを見せたいという明確な
主張が感じられたからだ。

そう、あの十五分に及ぶ交響曲「宿命」のシーン。
音楽をバックに、丹波哲郎によって語られる
難病に苦しむ父親と幼い息子の北国の放浪と
二人のその後のエピソード。

松本清張は、社会の底辺で苦しむ弱者の視点で
小説を書くことも多かった作家さんだが
「砂の器」は、悲惨な生い立ちから殺人者にならざるを
得なかった加害者の視点で書かれたものではないので
例えば「霧の旗」のようには
そこが強調されてはいないと思う。

けれど映画は「宿命」のシーンのインパクトが凄い。
観終わった後残るのは、ほぼそのシーンだけと
言ってもいいくらいだ。
あれほどの大作の原作を、ここまで個性的な映画に
仕上げた手腕は凄いと思ったら
脚本の橋本忍さんは、黒澤明監督の「羅生門」や
「日本の一番長い日」の脚本を手がけた方ということで
「なるほど」と心の底から納得。

ところがこの手法は、その後サスペンスドラマの定番
として定着踏襲され、いまだにTVの2時間ドラマにいたるまで
大体この「砂の器」スタイルなのはいかがなものか。
もうかれこれ40年以上経ってるんですけど。

最近アメリカドラマをあれこれ見るようになったせいで
国産のドラマは、サスペンス、推理と銘打ってるのに
やたら親子とか兄弟とか夫婦とかの
お涙頂戴のサイドストーリーが絡むのがウザい。
劇中流れる「盛り上げ隊」的な音楽がうるさい。
そして何より展開が遅い、かったるい。
一方で斬新さを追求する路線は
あまりにもリアリティが無さすぎて
まさに帯に短し、たすきに長し状態。

確かに「砂の器」はある意味とてもよく出来た映画
ではあったが、そろそろその呪縛からは
解放されてもいいのでは。



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50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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