怒り

「怒り」を観た。
映画は、ほぼ原作の通りで
原作のダイジェスト版という感じだった。

少し前に「怒り」の小説の感想を書いたので
内容は省略するが、映画化されたものを観ると
幾分物足りなさがあった。

「ソロモンの偽証」もそうだったが
長編小説を映画化する時は
当然のことながら、省略される部分が多い。
映画は、小説のように地の文で説明できないから
セリフと情景だけで、登場人物の性格から、感情から
起きている出来事まで、すべてを表現しなければ
ならない。

「悪人」は主要な登場人物が7、8人だったので
映画版でも、ひとりひとりの人物像を
かなりの範囲表現できていたと思う。
しかし、今回の「怒り」は、原作では20人近い人間が
それぞれ重要な関わりを持っていたのだが
そこが大幅に省略された。

その結果、限られた人物たちによる
ストーリーを説明できるセリフと
観客の目を引く、衝撃的な事件というか
映像の部分がメインという感じになってしまって
観終わった人の頭に残るのは、あらすじと
冒頭の、凄惨な殺人事件の現場だったり
優馬と直人の性行為の描写だったり、泉がレイプされる
場面だったり、という結果になったのではないだろうか。

そもそもが、殺人犯山神が書いた「怒」という血文字の
意味を解き明かすことが目的の物語ではない。
人間とは、こんなにももろく、危ういものだという
問いかけがなされているような話なのだと思う。

さすがに、ありきたりな結論を導き出すという終わり方は
しなかったが、最後の、辰哉が山神を刺すまでの経緯が
大きく改変され、泉と辰哉のその後は省略された。
愛子と父親、優馬と直人、あるいは泉の
細やかな感情の動きが分かる部分がカットされ
泣き声と叫び声が耳に残る結果になった。

監督さんは、これはタイトルの通り「怒り」を表現した
作品だと解釈され、一流の俳優陣が揃ったこともあって
その俳優陣の気合の入った演技と
インパクトのある映像に挑まれたのだと思う。
もちろんそれもありなのだが
この作品の底辺に流れる、山神をも含めた、個々の人物の
生きることの辛さとか悲しさ、ある種のどうしようもなさ
といったものを、もうひとつリアルに感じ取ることが
できなかったのは、少し残念ではあった。

それにしても、前から思ってたんですが
吉田修一という作家さんは、女性には厳しいです。
「怒り」だけじゃなく、他の作品でも女性の描き方は容赦がない。
映像化された「怒り」を観ても、やはりそう感じました。

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田中偲

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50年以上映画を見続けてきた、でもただのミーハーな映画好きの、備忘録的感想文

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